ジェチーン Děčín

 プラハからドレスデンへ向かう国際特急ユーロ・シティーのチェコ側の最終駅が、ここジェチーンである。チェコ最古の『コスマス年代記』によれば、チェコがまだ緩い部族連合国家であった時代にこの地を支配していた、ジェチャン族に街の名は由来しているという。

 電車の車窓から眺めるとラーベ河右岸に聳える城だけが一際目立つこの街は、プラハとザクセン地方を結ぶ交通の要衝として長い歴史を持ち、1305年に王からチェコ北部の大貴族ヴァルテンベルク家に譲り渡された。フス戦争時代には、カトリック側の要塞として重要視されたため、遂には灰燼に帰している。その後、幾度か所有者を替え、17世紀後半にホーエンシュタイン家が所有するようになってからは、城の正面まで真っ直ぐ伸びる270mの馬車道やバラ園など、城の景観整備が進んだ。現在見るバロック様式の姿は、ほぼ18世紀のうちに完成している。城の内部はガイド付で見学できる。

さて、続けて城以外の見所を紹介したいところであるが、実は、それほどのものは他にない。しかもチェコの都市にしては珍しく、教会を中心とした広場やそこから広がる同心円状の市街地といったものが失われており、街中を歩いても面白味はない。もちろん城の周辺はそれなりに見ごたえがあるが、それを除けば単なる田舎町である。強いて言えば、動物園とラーベ河クルーズがあるくらいだろうか。

では、何でそんな町を紹介するのか。それは、単に筆者が行ったことがあるから、それだけの理由である。中世史を専攻する筆者は、観光地として有名な町よりも、中世からその名の見える町を優先的に訪れている。今後の紹介にも、一般の人には馴染みの薄い町が多く登場するかもしれない。予めご寛恕を願う次第である。